「子供のため」という言葉

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妊娠中は、とかく興奮しやすいものだ。しかし、R子さんは特別だった。診察室へ入るなり、激しく泣きはじめたのだ。私はピンときた。
聞いてみると、案の定、夫婦ゲンカだ。そのあげくに、昨夜は、ついに帰ってこなかったという。
「おかしいですな。あんなに仲よくて、優しいご主人だったじゃないですか」「いえ、それが、ひと月前、妊娠五カ月ぐらいのころからおかしくなって、近ごろはケンカばかり。
もう、ひどいんです。あの人、この子どもが欲しくないのかしら」それだけ言うと、R子さんはまた鳴咽をはじめた。そして、きれぎれに〃夫の身勝手″をなじりつづけた。
家庭の不和が母体や胎児にいかに悪影響を及ぼすかについては、すでにいろいろ指摘されているとおりである。
とくに夫婦ゲンカで夫と激しいやりとりをすると、その音波は子宮に直接伝わり、子どもの発育が遅れたり、音に過敏で神経質な子どもになったりするものだ。
「ご主人が〃おかしくなった″というのは、具体的にどういうことですか」
「はあ、あのお、それが、妊娠してないときと同じように体を求めてきたり、お酒をよく飲むようになったり・・・、ひどいんです」
こういう例は、決して珍しくない。夫が健康なら当然のことと言っていいかもしれない。
結婚後の生活で問題が発生し、解決しようとすると、また別の問題が出てくるかもしれませんが、←ここで相性ピッタリの結婚相手を見つければそんな心配は少しで済むでしょう。
「ご主人が体を求めてきたとき、あなたは”きたない””けがらわしい”といってハネつけたりしたんじゃないですか」
「だって、先生、子どものためですもの。私も我慢してるんだから、向こうも(欲望を)抑えてくれなくちゃ・・・」
女性は、実によく”子どものため”という言葉を使う。そういえば、どんな場合でも許され、通用すると思いこんでいるフシがある。
だけど、「私も我慢してる」というのは、一部の例外を除いてウソである。実際には、日一日と大きくなっている胎内の子どものことしか念頭にないのだ。
だから、健康で正常な亭主の生理(欲望)など、ほとんど考えたことがないといってもいいだろう。
「いくら子どものためといっても、ご主人の気持ちが離れたら元も子もないですよ。ときには積極的に受け入れてあげるようにしなくては・・・」
お腹を圧迫せず、子宮に刺激を与えない、そういう〃妊娠中の体位″だって、いくらでもある。
やさしく、間接的に夫の欲望を処理するのも一法である。それを正しく教えるのが親切な医師、本当の医学、というべきだろう。