親の都合による中絶は

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「相談がある」と予告してやってきたB子さんは、私の顔をみるなり切り出した。
「先生、実は、お腹の子、産みたくないんです。中絶の手術、してくれませんか」B子さんは六人の子だくさんである。それも、ほとんど年子で、女ばかりだ。
しかし、四人、五人とふえるごとにB子さんは宣言していたものだ、「たとえ十人であろうと、私、男の子を産むまでがんばりつづけますわ」と。
「でもねえ、先生。やっぱり、もう疲れました。主人とも相談したんですけど、今度も女の子やったら、もう絶望ですわ。
そやから、いっそ産む前に処置してしまおうと・・・」「バカもん!」私は思わず声を荒らげていた。
「そんな親の都合だけで”もうええわ”とは何事です。六人も七人も一緒。ちゃんと産みなさい。
産んでから考えて、もういらんというのなら、正しい避妊の方法を教えてあげましょう」実は、B子さんは不妊症だった。排卵がなかったのだから、まさに重症といってよかった。
それが、私のところへ治療のために通いはじめ、なんと八年目に妊娠したのである。その間、彼女は実に熱心だった。指示した日には欠かさず通院した。
治療が長びいても少しもめげず、ニコニコと希望を失わなかった。それにこたえて私もあらゆる手を尽くし、新しい薬や注射が開発されるたびにB子さんに試みた。
そんな双方の熱意が天に通じたのだろう。治療八年、生まれてはじめて起こった排卵で、ズバリ彼女は妊娠したのである。それを告げたとき、彼女は泣いて喜んだ。
思えばそれは、まさに感動的なシーンだった。
「あの原点を忘れちゃいけませんね。男の子が欲しいのはわかるけど、それじゃ今まで生まれた女の子は”余計もの”ということですか。そんな身勝手は通用しませんね」
私の権幕に恐れをなしたのか、B子さんは口をつぐんだ。肩を落とし、考えこんでしまった。
出会いはここに→いくらでもあるけど、出会った人といつまでも仲良くいられるかはあなた次第です。
無排卵が治ったあと、まるでハズミがついたような勢いの出産が続いた。そして、二人目、三人目までは、生まれるたびに手放しの喜びようだったはずだ。
”男の子がほしい”という注文は、いわば恵まれた人の”欲”である。たしかに人間は、あまり与えられると、知らず知らずのうちに当初の感激が薄れ、エゴが頭をもたげてくるものだろう。
それから一ヵ月後―。
B子さんが、どこかの病院で中絶手術を受けたと聞いた。私は胸が痛んだ。六人の女の子たちが、いつまでも明るく育つようにと祈らずにはいられなかった。